書籍「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」」

ネットでニュースザッピングをしていた時に、この本の紹介文に出会いました。「美意識」という言葉に引っかかり、読んでみることにしました。

自分でも驚くくらい内容に共鳴し、どんどん読み進めることができました。一見、経営に無関係のように思われる、非論理的、かつ明確化されづらい「美意識」が、いま必要とされているのはなぜか?

こんな本です

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)
山口周 氏著、光文社、2017年7月初版

「グローバル企業の幹部候補、つまり世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるように、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている(本文より)」

このトレンドに至った経緯、その理由を多数の例をあげて、さまざまな切り口から説いています。

つまり、論理的・理性的スキルに基づく分析や主張は、そのスキルを身につけた者であれば、誰がやっても同じような結果しかはじきだせない。そうすると、いくらやっても差別化することはできず、その価値にも限界がある。

そこで問われるのが「リーダーの美意識」というわけです。その美意識を鍛えるために、グローバル企業がアートスクールに幹部候補を送り込み、「サイエンス重視の意思決定」の限界から飛び出そうとしている。

 

美意識はどう育つのか

自分にとっての美意識がどういうものなのか、は明確に説明できなくても、誰でも独自の「美意識」は持っていることと思います。ただ、そのことを意識したり、時々取り出して客観的に見つめてみることをしないと「美意識」は育ちにくいのだろうと思いました。

子供の頃はものごとを自分の視点でしか見ることができず、その範囲もごく狭いけれど(例えば「ピンク以外のものはキライ!」とか?)、成長するにつれてものごとを多角的に見られるようになり、美意識は広がり磨かれていきます。いわゆる感性だけでは説明できない美意識というものが育っていきます。

なぜ自分はこれを美しいと思うのだろう、なぜ自分はこれが好きなのだろう、そんなことをときどき考えることが、美意識を育てるのはもちろん、「最初はそう思わなかったけれど、知れば知るほど美しくみえる(もしくはその逆)」という現象があることに気づき、それが自分を知る手段にもなります。

ただ、世界のエリートがアートスクールでにわか勉強をして身につける美意識ってどうなのかな?と正直思いました(にわか勉強とは書いてありませんが)。やはり子供の頃から周りの大人が美意識をうまく育ててあげることがいちばんいいのだろうなと。

 

美意識が低いとどんな問題があるのか

本書の中には、なぜ「美意識」が必要なのか?「美意識」が低いとどういう問題が起こるのか? という本のタイトルへの回答が、鮮やかに繰り出されていきます。読み進めるうちに、その通りです、ホントその通りです、と頷くことばかりでした。今まで美意識なんて個人的なものだから、高かろうが低かろうが関係ないと思っていましたが、そんなことはなかったのですね。

ちなみに、本の中で使われている「美意識」ということばは、経営における「真・善・美」を判断するための認識のモード、という意味だと書かれています。数字に踊らされて(広い意味での)犯罪に手を染めてしまったり、経営が傾いたりという例も多数書かれています。どこかで「善」の判断が鈍ったのでしょう。

 

こんな人におすすめ

新書で257ページ、内容盛りだくさんなので、時間がない人は手を出しにくいかもしれませんが、本の始めに「忙しい読者のために」という要約がついていますので、そこでだいたい内容はわかります。そこで興味をもったら読み進めていきましょう。

数字が元になる分析に疲れてしまった人、それちょっと違うんじゃないの?と思うことが多い人、数字による分析結果を面白くないと感じている人におすすめします。

 

 

 


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