今のネコ(くるみとピーター)と暮らし始めて4年が過ぎました。
くるみ(茶白♀ 通称くるさん)とピーター(黒♂ 通称ピーさん)
飼い始めた頃には、日本は既に猫ブームの真っただ中でした。今もその傾向は変わりません。あちこちで保護ネコの譲渡会が開かれ、里親探しを兼ねたネコカフェがオープンし、ネコを題材にした漫画や映画やドラマが毎日のようにネットを賑わせています。
流行っているから飼い始めたわけではないのですが、ネコとの暮らしは喜びです。今日は、そんなネコとの暮らしを綴ってみました。書いていたら、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩に似てしまったので、その感じでいきます。
ネコと暮らすということ
それは、セーターで爪とぎをされるということ。ニット帽をめちゃくちゃにされるということ。
それは、おろしたてのタオルケットが2日でボロボロになるということ。
それは、買ったばかりの服を自宅で袋から出すと、既にネコ毛がついているということ。
それは、ジャンプを顔で受け止めるということ。爪が出ていなかったことに感謝するということ。
それは、バイオリンの練習中にひっそり吐かれるということ。
それは、おろしたてのスリッパの上に吐かれたことに気づかず、踏んでしまうということ。
それは、ネコトイレの成果物に満足すること。
それは、爪切りで負傷するということ。
それは、おもちゃやネコ砂選びに夢中になるということ。
それは、ごはんを出したのにネコパンチをされるということ。
それは、可愛くて近づいたのに、シャーっ!!と威嚇されること。
それは、カメラを新調するということ。
それは、足音を愛おしく思うこと。
それは、ほめ言葉のバリエーションが増えるということ。
それは、ソファを取られるということ。毛布も取られるということ。
それは、旅行にたびたびは行けないということ。それを不満に思わないということ。
それは、早朝枕元で大騒ぎされるということ。寝ている間中どこかが重いということ。
それは、ネコごはんのために働くということ。病院代のために残業するということ。
それは、紙の資料はことごとく齧られるということ。新聞や広告がボロボロになるということ。
それは、ネコ資金の積み立てをするということ。
それは、ネコのために早く帰るということ。
それは、外出先で自分に着いたネコ毛に気づき、ほほ笑んでしまうこと。
それは、棚の上のものを落とされるということ。
それは、家中が綿ゴミだらけになるということ。掃除機をかけると嫌われるということ。
それは、しっぽで顔を叩かれるということ。
それは、自分の中に優しい気持ちがあると気づくこと。愛情の注ぎ先があるということ。
ネコとの暮らしは、幸せです。