スッキリ暮らすにはモノを捨てよう。
要らないモノは手放して身軽になろう。
モノを減らして選択肢が減ると毎日が楽になりますよ。
やましたひでこさん提唱の「断捨離」という言葉が日本中を席巻してからしばらく経ちました。その後、近藤麻理恵氏の「人生がときめく片づけの魔法」、ジェニファー・L・スコット氏の「フランス人は10着しか服を持たない」などが出版され、片づけをして人生を変えるという価値観は日本に根付いたことと思います。
しかし、そこに行きつくには険しい山をいくつも越える必要があります。
険しい山それは・・・「モノを捨てる(手放す)」というハードル。
「捨てたいのに捨てられない」「捨てたいけどもったいない」「ムダにするのは罪」
たくさんの感情に押しつぶされて、正論とのはざまで悩んでいる人はまだまだ多いのではないでしょうか?
そこで今回は、ミニマリストを目指すわたしがなぜモノを捨てられるようになったのか、そんなことを書きたいと思います。
今日の記事はこんな方におすすめ
- モノを捨てる罪悪感をどうしていいかわからない
- モノを捨てることを自分に許可したい
片づけって、もうやるときはやるしかないんですよね。
目次
実家にそびえる自分博物館
わたしは、物心ついてから30歳で家を出るまでずっと実家の同じ部屋で暮らしていました。引越しの経験はなく、ずっと同じ場所に20年以上。与えられたのは4畳半の和室です。
幼少期からいい大人になるまでなので、ライフステージも大きく変わっていきました。もちろん時々大掃除ならぬ大片づけをして、モノを捨てながら生きてきたと思います。
が、大人になり手持ちの服が増え、本も増え、書類も増え、プレゼントやおみやげ、昔もらった手紙などが積みあがってゆき、それはそれは見事な「自分博物館」が出来上がりました。
30歳で実家を去る時もすべてのモノを持ち出せるわけもなく、日常で使わないモノは置いていきました。
と、いうことは実家の部屋にあったものは、ほとんど「使っていないモノ」だったというわけです。
モノに囲まれたひとり暮らしでも快適
実家から出たとはいえ、すべての家事を自分ひとりでする、ということ以外にわたしの生活習慣が大きく変わったわけではありませんでした。
実家から持ち出したお気に入りのモノ(しかもかなりの数の)に囲まれて楽しく暮らしていました。
自分だけのキッチンを好きなように飾りつけ、狭いながらもひとりだけの空間に満足していました。そんなわたしに今なら言える。「そんなにモノは要らないでしょーよ」
自活で生活に余裕がなくなったため、買い物をたくさんするわけにはいかなかったので、手持ちの服は少なかったです。19.8平米に造り付けのクローゼットなんて本当に小さくて、そんなに服は入りませんし。
季節が変わったら実家に服を送って、オンシーズンの服はまた実家から送ってもらえばいいんだし♪そんな風に考えていました。ひとり暮らしをしている友達もみんなそんな感じで、実家の自分の部屋を物置き代わりに使っていたと思います。
しかし、予期せぬ出来事が起こります。
ひとり暮らしを初めて数カ月、両親に重い病気が見つかり、あっという間に次々と亡くなってしまいました。仲のよかった夫婦は、片方が欠けたら生きてゆけなかったのでしょう。
兄はそのとき海外で暮らしており、実家は空っぽになってしまいました。
実家の部屋を引き払うことになった
両親が亡くなってしばらく経ったころ、兄夫婦が帰国し、実家で暮らすことになりました。
その時、まだ実家の私の部屋はそのまま。「使っていないモノだらけ」の状態でした。
身内とはいえ、別世帯が暮らすとなると、物置き代わりにするわけにはいきません。義姉の協力もあり、部屋を空っぽにするべく休みのたびに実家に出向いて大規模な片づけをしました。
義姉は義姉で両親の遺品の整理に精を出し(本当に大変だったと思います)、わたしはわたしで自分博物館閉館のためモノを出す。
当然いっきには終わらずに、結局は着物やら卒業アルバムやらは捨てられず、その後何年も置かせてもらっていました。完全に片づけが終わったと言えるのは、実家を出てから18年くらいかかったということです。
自分博物館には思い出のモノだらけ
実家の自分の部屋に、いったいそんなに何があったのか?
多くは、本、服、ぬいぐるみやらのおもちゃ、思い出グッズ、漫画の原稿・・・。
そう、わたしは学生時代に漫画を描いていたので、特に紙モノが多く、山になっていました。ほとんどが黒歴史・・・とまでは言わないものの、冷静に考えれば要らないモノですよねぇ。あとは、手芸も好きだったので、作りかけのキルトなどが出てきました。
実家の部屋、ということもあり、そのほとんどが両親の思い出と紐づいています。自分のモノを捨てるということは、自分の過去を捨てること。自分の過去を捨てるということは、自分の親を捨てること・・・などと、どんどんネガティブなほうに行く気持ちでモヤモヤしつつ、「でも全部をキープするなんて無理」という現実と向き合いながら、「どうしていいかわからないから、とりあえず捨てる」というルールを自分に課して進めたことを覚えています。そもそもモノを捨てること自体にそこまで抵抗があったわけではありませんが、精神的なストレスは感じていました。
捨てるモノを選びながら「親との思い出を捨てるって、親を捨ててるみたいだな」と思う一方、「空間には限りがあるし、物理的に親を捨てたわけじゃないし」という気持ちもある。ある程度は仕方ないけれど、このまま自分を責めていたら病むな、と思い何とかここから出る方法はないだろうか?と考え始めました。そして、自分の存在そもそも論からたどることにしました。
親が幸せだったかどうか?・・・早く亡くなったとはいえ、子ども(兄とわたし)にも恵まれ幸せだったと思う。
親は何か遺しただろうか?・・・わかりやすい勲章みたいなものは無いとしても、理念的なものはわたしに根付いている(母がよくわからないことを言っていたのが多少うざかったとはいえ)。親が遺したいちばん大きなモノは、やはり子どもだったってことか。
え・・・?あれ?親が遺したいちばん大きなモノはわたし?ってことは、え?
わたしが幸せに生きてないと、それこそ親を捨ててることにならない?
ってことは、モノ捨ててることにストレス感じてモヤモヤしてるのってダメじゃない?(※幸せじゃないから)
あ、そうか。モノって捨てていいんだ。
幸せになるために捨てる
そこに気づいたわたしは、一気に加速して片づけに励みました。毎週のように大きなゴミ袋をいくつもまとめ、次のゴミの日に出してもらうよう義姉にお願いしました。
親を大切にする=自分が幸せなのがいちばん
仮にこれに気づかなかったとしても、モノを捨てることはできたと思います。でも、罪悪感は残ったままだったでしょう。その後シンプルライフにも進めなかったと思います。
それ以来、わたしがモノを捨てる(手放す)判断は「自分を幸せにしてくれるかどうか」です。
ここにたどり着いてから、モノを捨てることに抵抗がなくなりました。モノが無くなっても思い出は消えません。大切なのはモノ自体ではなく、その時々の楽しい思い出。モノが無かったとしても、繰り返し繰り返しよい記憶としてよみがえってくるのです。
思い出してうんざりするような記憶は・・・それごと捨てましょう。そんな記憶を思い起こさせるモノは即刻処分!
モノの処分は努力や我慢じゃない。
人はどうして悩むのか。人はどうして前に進もうとするのか。
それは、すべて「幸せになりたい」からだと思います。
幸せになりたいから、おいしいものを食べる。
幸せになりたいから、本を読む。
幸せになりたいから、運動する。
その中に、幸せになりたいから、モノを捨てる。があってもいいと思います。
罪悪感なくモノを捨てる考え方
・モノを捨てると、親を捨てているように感じる
・親が遺した最大のモノは自分
・自分が幸せでないと、それこそ親を捨てることになる
・自分を苦しめるモノは手放してもよい
・モノは、捨ててもよい
実家の大片づけをしてからしばらくして、わたしは引越しをしました。少し広い部屋に移りましたが、モノはかなり減らしました。
精神的にはまだまだ色々なものを抱え、決してシンプルライフではありませんでしたが、物理的にモノを減らしたことで空間と同時に頭の中にも余裕が生まれ、考えながら生きるようになりました。特に何かを買うときに深く考えるようになりました。とはいえ、今でも買い物の失敗はします。
今回は、わたしが捨てる罪悪感から抜け出したことについて書きました。
無理やりなこじつけだな、無理な理屈でまとめたな、と思われる方もいらっしゃるでしょう。でも、人は理屈だけでは動けないのですよね。感情が付いてこないとなかなか行動できません。
「捨てたいのに捨てられない」「捨てたいけどもったいない」「ムダにするのは罪」
こんな気持ちがハードルになって、なかなか片づけが進まない人の助けになればいいな、と思います。
「フランス人は10着しか服を持たない」はコミック版がおすすめです。
そして、ファイナルレッスンは最近読んで背筋がピッと伸びました。